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この頃年のせいか、
小説を読む速度が遅くなった。
いいくらい、しばらく読むと
疲れてしまう。
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けれど松家さんの小説はそんな僕の
老化を救ってくれる。
文章のひとつひとつが美しく
時間をかけて読むのにふさわしいからだ。
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本作は北海道を舞台にした、都会から逃げ出し
郵便配達員になった女と、フランシス水車
と呼ばれる小さな発電所を管理している
男のラブスト―リーだ。
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とにかく文章がいい。
「安池内村(あんちない)は早くもすでに秋だった。
赤や黄色に変わった葉の匂い、早朝に見る吐く息の
白さは、生きる事よりも、死ぬことを近しく感じさせる。
冬に向かう秋が桂子は好きだった」
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男の趣味が、世界中の音を集めるてるというのも
いい。
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「カリフォルニア州モントレー湾に棲息する
ラッコの群れが潮騒のなかで貝を割る音、
イタリア・トスカーナ地方の小さな町、
モンテファロニコの小高い丘にある教会の鐘の音、
地震をあげながら噴火するアイスランドの火山の音、
………」と2Pぐらいに渡って続く描写も
素晴らしい。
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優れた室内楽を聞いているような
余韻の深い描写と文体。
松家仁之(まついえ・まさし)
小説の本当の楽しみを教えてくれる
作家に喝采。
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