何度も涙が 「トノバン 音楽家加藤和彦とその時代」

1979年アルバム「パパ ヘミングウェイ」を

聴いた時の衝撃は今も覚えてる。

カッケェー、なにこのダンディズム、

日本のポップスって

ここまできたんだ、とレコードに針を

落とすたびに興奮した。

続いての「うたかたのオペラ」、

「ベル・エキソントリック」のヨーロッパな

デカタンぶりも、安井かずみの他に類を見ない

言葉の退廃ぶりにやられた。

と同時にこれだけの世界観を作り上げたのに

なんでボーカルが加藤さんなんだろうと思った。

完璧なコンセプチュル・アートをもっと高める

には、各曲をさらに表現できるボーカルを

入れた方がいいのにと。

最も僕はその後の「あの頃、マリーローサン」と

いうアルバムが一番好きで、これは加藤さんの

ボーカルが心地良いんですけどね。

本作は加藤さんと親交のある多くの方のインタビューで

構成されているドキュメンタリー。

これを見るといかに彼が才能あふれる日本で唯一無二の

音楽家であったか、よくわかる。

一流の服を長身にさらりと着こなし、一流の料理人も絶賛する

舌の敏感さ、豊饒さ、作らせても天下一品、

かっこいいアルバムを作ろうとしたらあの頃のミュージシャンは

みんな「加藤和彦詣で」だったという。

女王安井かずみと世界を旅し、優雅なスタジオで

音楽三昧。

スクリーンを見ながら僕は思わず、「貴族だなぁ」と

つぶやいてしまった。

だからこそ62歳の自死は、悲しすぎる。

悔しすぎる。

経済的な問題も相当にあったらしいので

加藤さんの美意識では耐えられなかったんだろうけどね。

最後に流れる仲間たち追悼の「あの素晴らしい愛をもう一度」

のセッションに、救われた。