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建築家への憧れが僕にはある。
数学性と芸術性が程よく
ブレンドされ、さらに人の暮らしを
支える実質的な美を作りだすなんて、
すごい人たちだと思う。
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本作はそんな建築家がいる設計事務所に
主人公の「ぼく」が入所したところから
始まる物語だ。
舞台は夏の間だけ仕事場になる奥軽井沢の
「夏の家」
まず、浅間山のふもとに広がるこの地域の
自然描写が素晴らしい。
詩情豊かに、標高千メートルを超える森、
鳥や木々、花たちが描かれる。
僕は読みながら行間から立ち上ってくる
空気の美味さに、何度も深呼吸した。
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そして、何より「ぼく」が憧れている建築家
村井俊輔こと、「先生」のキャラクターが素敵だ。
いつも物静かで丁寧な話し方、けれどものづくりと
しての矜持、想い、メッセージには揺るぎないものが
ある。
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「先生」の作り出す建築は、一言でいえば、
「含羞。これ見よがしでどこかで意表をつこうと
する建築が多い中で、彼は目立たないように
目立たないように心掛けている。でもじっくり
見れば、何より使い勝手が良いし、導線計画にも
無理がない」
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さらに随所に挟み込まれるクラシックの名曲、
有名建築家たちのエピソードも魅力的だ。
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松家仁之(まついえ・まさし)
初めて読んだ作家だが、いやーこんなに
豊かな余韻を残してくれる小説、
滅多に出会えない。
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