「淀殿の着物」にみるデジタル復元➀

小林泰三氏が取り組む「デジタル復元」。今回その復元の過程を、
「淀殿の着物」を題材に数回にわたって紹介してみたいと思います。

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※現在、伊藤若冲「花丸図」のデジタル復元プロジェックトについて、
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「鮮烈な赤に浮かび上がる藤文様」
繰り返して染めた紅花の色を忠実に再現。銀の花房と黄緑の葉が煌めき、つるの金糸が全体にリズム感を生み出す

淀殿が身にまとった
きらびやかな「彩り」を求めて


私がこの着物の色を探し求めて、すでに20年以上になる。

しかし、初めから一枚の着物だけにこだわっていたわけではない。
もともとは江戸時代の画家、狩野長信が描いた「花下遊楽図屏風」(国宝)を
デジタル復元しようとしたことから始まっている。

江戸時代初期に描かれたこの作品は、六曲一双、
つまり6枚のパネルがジグザクにつながった状態の屏風がペアになっている。

向かって左の屏風は桜の下で貴公子が見ている中、舞い踊る人々が描かれ、
一方、右の屏風には桜の巨木の下で、盃を手にする貴婦人を中心に、
楽の音を楽しむ人々が描かれている。

つまり「この着物」とは、右の屏風の貴婦人が来ていた、
打ち掛けの小袖なのである。

江戸初期のころ、屏風のような盛大なる花見の宴を見るにつけ、
人々は有名な「醍醐の花見」を想い描き、
貴婦人に豊臣秀吉の側室・淀殿を、貴公子に息子・秀頼を重ね合わせた。
作者自身も、意識して描いたことは想像に難くない。

ところが、この淀殿とされる貴婦人に、悲劇が襲う。
大正12(1923)年、たまたま貴婦人が描かれた右の屏風の中央部分だけが、
博物館より表具屋に出されていて、
関東大震災の災禍に巻き込まれてしまったのだ。

現代に残されたものは、震災前に撮影された白黒写真だけ。
果たして、贅を尽くしたとされる淀殿の小袖とは、
いったいどのような色だったのか…。

その答えを求める長い旅が、そのとき始まった。

「花下遊楽図屏風」失われた部分の復元工程
残っていた白黒写真(イメージ)から、今に残っていたとしたらこんな状態だった現状模写を作成。さらに制作当時の色彩をよみがえらせる復元模写を作成した

貴婦人のスケッチ発見!


初め有識者に白黒写真を見ながら意見を求めたところ、
「黒紅」という意見が出た。
深い褐色と言えばいいだろうか。

それは、高貴な人が身に着けることを許された、
気品ある落ち着いた色だった。

しかし、その復元が終わった翌年、
関東大震災前に描いた貴婦人のスケッチが発見され、
着物には「アカ」と書かれていたことが判明した。

絵画としての「アカ」は朱という顔料に限られる。
それは、少し黄の入った赤。

なので、「花下遊楽図屏風」として復元した貴婦人は、
実際に着たかもしれない赤とは、違った赤を身にまとって、
それは完成となった。

時は流れ、昨年ついにこの淀殿の小袖を復元しようという事業が動き出した。
本当の赤、それは、紅花から採れる青味の強い赤、
「紅」で当時の色彩世界を体感しようという意味に他ならない。

そして淀殿の煌びやかな彩りが、いよいよ私たちの前によみがえる……。

成功の秘訣は、下準備をおろそかにしないこと


復元は、まず素材をパソコンに取り込むことから始まる。

現代に伝わる桃山時代の着物から女性の身長を割り出し、
スキャニングした白黒写真のデータ(小袖の部分)を
女性の身長に合うように拡大する。

柄は藤の花であることが分かる。

絵画では染めか刺繍か判断できないが、贅沢な着物であれば、
値のはる刺繍であると考えるのが自然である。

そこで、桃山時代から江戸初期の着物の中で、
藤の刺繍がほどこされている作品を数点選出。

その画像データの入手し、藤の花の刺繍文様を細かく切りとり、
色の輝度を上げ新品の発色を再現した後、種類に分けデータを整理保存した。

地の「紅」の色は、有識者に意見をいただきながら色を決め、
最終的には実際に絹にプリントアウトして再び有識者に確認の上、
「紅」の色を決定した。

デジタル復元だからこそできる、桃山の風合い


決定した紅色を敷き、その上にストックしていた刺繍のデータを呼び出し、
図柄にそって配置していく。

特に金糸については、当たっている光の方向が一定になるよう、
ひとつひとつ配慮しながら慎重に作業を進めた。

桃山時代の刺繍をそのままに張りつけているので、
現代人がまねて実際に刺繍するよりも、本物の風合いが残っている。
デジタル復元は、意外にも古い表現するのに長けているのだ。

このままでは、刺繍の画像を貴婦人が着ている小袖の上に載せているだけだ。
これを一度、着物の形にしなければならない。

足りない部分は図柄をコピーして増やし、風合いをそのままに配置。
これもデジタル復元の強みである。

さらに反物にプリントをするために着物を解体して、長細い反物の形にする。
つまり、反物から着物を仕立てるという本来の流れと間逆の作業を行う。

反物の形にしたデータを染物工場に入稿すれば、
デジタル復元作業は完了だ。(つづく)

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