「受け手の想像力で広がる世界」~古今亭菊之丞

手ぬぐいと扇子ひとつで、人を笑わせ泣かす驚かす、
「落語」は世界に類を見ない、エンターテインメント。

この落語の魅力を当代一の人気落語家たちにインタビューする
「ここほれ!落語」。第3回は古今亭菊之丞師匠です。

ー落語を好きになったきっかけは

中学の先生がまだ30代半ばの若い先生でしたが、
落語と〝寅さん〟が大好きな人で「寄席行って来い。おもしろいよ」って。

それで一人で行ったんですよ。

一番最初に行った時はトリが(柳家)小さん師匠でした。
なんておもしろいんだろう。不思議な世界だなぁと。
それからハマって、寄席へ通って通って。

その時分はね、東京新聞だけ寄席の番組が出てたんですよ。木曜日の夕刊。
親に頼んで、東京新聞の木曜日の夕刊だけ取ってもらって。
いい新聞屋さんで、木曜の夕刊だけ届けてくれるのよ。
で、それ見て。

ー学校が終わってからも?

ええ。行ったことありますよ。

池袋演芸場なんて夜の部が午後5時開演。
でも学校終わってから行くと午後6時くらいになっちゃうわけです。

「進んじゃってるなぁ、番組が…」と思いながら着くと、
下足番のおばちゃんが 「はい、一番さん!」って下足札渡されて、
「へっ?」って思って開けると誰もいない。

座ったとたん、テンテンテンって幕開いて、
「始まっちゃった~」と思って。
忘れもしませんよ。

今の橘家仲蔵さん。お客がひとりってのは多分驚かない。
のべつ池袋演芸場では、ひとりってのがありましたから。

ただ、そのたったひとりの客が中学生ってのは驚いたと思います。
「僕、どっから来たの?」って言われました。

ー落語家になろうと思ったのはいつですか

本当になろうと思ったのは高校3年生ですね。
進路決めなくちゃいけない。大学か就職するか。

進学校だったんで、先生も当たり前のように「どこ受験すんの?」って。
全然そんな気ありませんから、絶対受からない国立言ってみたんですね。

「千葉大と茨城大です」
「お願いだから止めてちょうだい。絶対受かんないんだから。どっか私立受けてちょうだい」
「いいんです。シャレで受けるんですから」
「シャレで受けないでちょうだい。受験なんだから!」

あわよくば受かっちゃったら、おもしろいなと。
もし受かっちゃったら、落研なんか行ってたんでしょう。

ー落語家にはどうやってなったのですか

小島貞二先生って、今は亡き演芸評論家がいるんですけど、
子どもの頃から知ってたんで、そこへ行ったんですよ。

「先生、お願いします。私、圓菊師匠のところへ行きたいんです」
「ああ、そうかい。いいよ。じゃ、しばらくうちにいていろんなこと勉強して行きなさい」

だからなかなか会ってもらえないということはなかった。

師匠に、
「他の弟子は〝弟子にしてください。お願いします〟ってのを、断っても断ってもみんな来たんだぞ。だからおめぇ一生懸命やらなきゃダメだ」
ってよく言われましたよ。

ー修業時代はどうでしたか

なかなか大変でした。

入門当時は作り話ひとつできず、師匠の圓菊師から、
「何か話はねえのか」と問われあたふたし、
「じゃあ今日、おまえの家からここに来るまでに面白いことはなかったのか」
と突っ込まれても言葉が出ない。

さらに「じゃ、バス停からオレんちまでのことを何か話してみろ」と言われ、
「さあ…」としか返せないでいると、「もう一回バス停まで行って来い!」

仕方がないので、雨が降るなか傘をさしてバス停まで行って、
また戻ってきて、でも何を話していいのかわからない。

ー落語の魅力とは

演者であり、演出家であり、脚本家であるところでしょうか。
ひとりで何役もこなせるところが楽しいです。

聞き手としての魅力は、それぞれのお客様の頭の中に、
それぞれの世界を想像出来るところではないでしょうか。

発信者は、落語家ひとりなのですが、
その受け手の想像力によってどんどん世界が広がってくる。
ですからお客様は、初心者でも落語を楽しめる。

ただ、知れば知るほどさらにその世界に没頭できる。
その時間、何か世の中のことは忘れて、
海原に浮かんでいる船の上で昼寝をしているような、
のんびりとした時空でいられるところが、魅力だと思います。

ー落語の楽しみ方は

とにかく寄席に足を運んでいただいて、
“生”を聞いていただくのが一番です。

もっといえば、東京の定席に来て観ていただくのが最もよいのですが
最近は全国で落語会がありますので、
そちらでご覧になってもいいと思います。

ーこれから挑戦したいことは、何ですか

怪談噺で「真景累ケ淵」という噺があります。
私はこの中の「豊志賀の死」という段は、今まで手がけておりますが、
これは言うなれば、10話あるうちの「第3話」みたいなものなのです。

ですから10話全部とはいわないまでも、
その前後、発端とその後みたいなところは今後、手がけていきたいです。

それからあとは、廓話ですね。
段々わからなくなっていく世界ですから、できるだけ多く覚えて、
寄席の10日間のトリを廓話だけで打てるような、
そんな落語家になりたいです。

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(ここんてい・きくのじょう)
1972年東京生まれ。91年に2代目古今亭圓菊の門下となる。94年菊之丞のまま二ッ目に昇進。98年北とぴあ若手落語家競演会大賞受賞。2002年NHK新人演芸大賞・落語部門大賞受賞。03年初代古今亭菊之丞として真打昇進。