完成まで8年 「熟柿」 佐藤正午

新刊の値段が2000円を超える

ようになって、普段は文庫本しか

買わない。

けれどこの作家は別だ。

「鳩の撃退法」、「月の満ち欠け」

と名作を世に放ってきた彼が

また、深く胸を揺すぶる小説を発刊した。

主人公かおりは交通事故を起こし

逮捕され、息子を刑務所で産む。

出所後会えなくなり、世間の目を

気にしながら生きていく。

凡庸な作家であれば前半をサスペンス

仕立てでドラマチックに描くが

もちろん佐藤は違う。

淡々と抑制された筆で物語を運び、

主に描かれるのは、息子を思いながら

会えない思いを胸に抱き、地味な暮らしを

送るかおりの日常だ。

人に裏切られたり、悪意を向けられたり

手を差し伸べる人がいたり、と起伏は

あるのだが、文章は淡々としている。

だからこそ、普段の主人公をまるで

のぞき見しているかのようなリアリティが

ページをめくるたびに迫ってくる。

人は誰しも間違いを犯す。

でも一度間違えたからといって

全てを否定されるのは違う。

奥底に流れているのはそんなメッセージだと

僕は受け取った。

ラストシーンの儚さ、切なさ、美しさは

2000円以上の価値は十分にある。