快男子ここにあり!

「ノボさん」 伊集院静

明治という時代には青春が似合う。

祭りごとも、芸術もすべて一から

始まった感じがするからだ。

筆者も書いている。

「明治という時代の強さは、この清廉なこころ、

自分の信じたもの、認めたものにむかって

一見無謀に思える行為を平然となす人々が

まだあちこちにいたことが挙げられるかも

しれない。

何よりも、清廉、つまり損得勘定で動かなかった

ところに行動の潔さがあった」

小説の主人子、ノボさんこと

正岡子規はまさに青雲の志を

抱いた男だ。

筆者は記す。

「子規は俳句、短歌を文学の領域に引き上げた

文学者として、現在もその名を広くとどめている。

それでもなお周囲の人々からノボさんと親しみを

こめて呼ばれ、おう、と嬉しそうに応えて、

ただ自分の信じるものに真っ直ぐと歩き続けて

いた正岡子規が何よりもまぶしい。

漱石はそれを一番知っていた友であった」

二人に交流があったことは知っていたが、

ここまで深い結びつきだったとは、本作を

読んで初めて知った。

漱石の名が、元は子規の俳号のひとつだった

ことにも、驚いた。

34歳という短い生涯だったが、漱石は

もちろんのこと、

子規は多くの偉業をなし、たくさんの芸術家、

友人たちに愛され慕われた。

なにしろ、

漱石がきて虚子が来て大晦日

なのだ。

漱石は子規の訃報をロンドンで聞き句を作る。

手向くべき線香もなくて暮れの秋

きりぎりすの昔を忍び帰るべし

快活で情に厚い子規の魅力を

自由闊達な筆で気持ちよく描いてくれる

本作は、司馬遼太郎を受賞している。

ページをめくると、青春の風がさやかに吹いてくる、

そんな小説です。