上半期ベスト1「その話は今日はやめておきましょう」 井上荒野

小説でしか味わえない醍醐味を十二分に感じさせてくれる作品。

老夫婦の家にひとりの青年が家政婦代わりに入ってくる。
始めは楽しい日々だったが、やがてある異変が起き始める……。

といった話なのだが、妻、夫、青年。
この三人に焦点を当てて、とてもいいテンポで、それぞれの内面を炙り出していく筆力は見事のひとこと。

年を取ることの弱さ、はかなさ、情けなさ、何ものにもなれないどうしようもない若さ、暴力への欲望。

バイオレンスや殺人が起きるわけでもないのに、通奏低音のように流れる不穏な空気に、ページをめくる手が止まらない。

もともと著者のファンだが、いつもよりも文学臭を抑え、あえて平易な言葉で、けれど心の奥底に刺さるフレーズを組み立てている。

もうひとつ上の世界に井上荒野は行った。

第35回織田作之助を受賞したのも当然だ。

名作です。