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これまで著者の作品を読んできて、僕は師匠のことを「知の人」だと思ってきた。
ロジカルで世の中を斜めに見ながらシニカルな笑いを発信する。慶応大学、ワコールという華麗な経歴も加味して、イメージが増幅したのかもしれない。
けれどこの小説を読んで、「情の人」という魅力が加わった。
もちろんフィクションなので、主人公=著者ではないが、出てくるエピソードの選び方、時折著者の声ではないかと思う、生の言葉がとても優しく、真面目で、しかもセンチメンタルであったかいのだ。帯の談春師の「不器用を拗らせたような男が芸人になった」という意味が読後、よくわかった。
それから、もうひとつ「努力の人」なんだとも思った。
第一章より、二章、三章と回が進むごとに筆が洗練され、読みやすくなっていくのだ。うまい小説はあまたあるが、この作品には、著者のこれまで流した涙や悔しさ、喜び、哀しさなどこれまでの人生で支払ったすべてが反映され、とても実のある作品になっている。
ぐっとくるフレーズも多い。僕が印象に残ったのは、
「下から目線ってさ、なんだかすべてが自分より上にいるから、すべてがすげえんだなって思える目線なのかもな。謙虚とかとは、違うよね、それは」
「上から目線だと相手の顔しか見えないけど、下から目線だとさ、相手のすべてが見えるんだよ。人生、下から目線」
「仕事って、迷い込んできた子犬みたいなものだなって俺なんかは近頃思うんだよな。キツイ、厳しい仕事でもさ、自分を頼りにクンクンと尻尾振ってやってきたやつだと思うとさ、かわいく思えてくるような気がしてさ」
こんな台詞、なかなか書けない。
作家が全体重をかけた作品。人生の元手がかかった一冊。
780円(税別)は安い。
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