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昔から犯罪者や殺人者には興味があった。
一歩間違えば、自分がそっち側に落ちるかもしれないと、どこかで感じていたからだ。
だから、その類の本はたくさん読んできたが、このノンフィクションはなかでも群を抜いている。夫や交際相手11人の死亡で数億円を手にした筧千佐子を、著者は4年に及ぶ取材、23度の面接をし、真相を探っていく。
圧巻は、楽しい話をメインにしながら千佐子と心を通わせ、次第に事件の闇に切り込んでいく、著者の会話力、取材力だ。千佐子の凄い言葉を引き出す。ちなみに出てくる男性の名前はすべて仮名だ。
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「千佐子さんって、北山さんは殺めてないの?」
「北山さんは殺めるどころか、あの人が今も生きていたらこんなとこに来てないわ。あんなにおカネを出してくれる人、私が殺めるわけないやろ」
「てことは、おカネを出してくれない人を殺めたってわけ?たとえば笹井さんは?」
「笹井さんは、殺めました」
「ほかにカネをくれなかったのは?」
「山口さんはケチやったな」
「山口さんはどうしたの」
「山口さんは、殺めました」
ほかに物音もない面会室で、千佐子は私に質問に淡々と答える。
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……すごいねー、こんなシーン、映画でも書けない。
けれど誤解しないでほしい。この本は千佐子のスキャンダルなところだけをクローズアップしたものではない。
著者の徹底した取材力と、犯罪者、被害者の扱いのバランスの良さが よくある事件ものと一線を画している。
面接期間中、著者にラブレターのような手紙を何通も送り、女の媚を見せたかと思うと、真実を追求しようとすると平気で嘘をつき、自分の話は延々と喋り被害者には謝罪の言葉もない。
著者は記す。
「多くのことが不確定ななか、これだけは確かなものとしていえるのは(中略)、話題が事件の話になったときに彼女が見せる、無表情の途方もなさだ。すっとスイッチが切られたかのように感情を表す光が顔から消えるのだ。彼女ほどの極端な無表情を見せた相手は記憶にないが、漆黒で満たされた目には憶えがあった。それはいずれも私が面会してきた殺人犯に共通するものだ」
カポーティの「冷血」を引き合いにだすまでもなく、すぐれた犯罪ノンフィクションには計り知れない人間の闇、心の深淵が描かれている。
「62年生きてきて、人間のこと何もわかってないなぁ」
と本を閉じて、僕はひとりごちた。
多くの人に読んでほしい、名作です。
ちなみに筧千佐子は我が故郷、北九州出身なんだよねー。
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