上質なメロドラマ。「二人の嘘」 一雫ライオン

美貌と才能を持ち合わせた

エリート判事と、彼女が裁いた

元服役囚の恋物語。

こう書くといかにもベタな

設定だが、裁判官がどういうものか、

細かいトリビアが効果を出し、

ヒロインのキャラクターに深みを

持たせている。

主人公、片陵礼子(かたおかれいこ)は、

8歳のときに母親に捨てられる。

その場面が胸に残る。

夏の名残が残る9月。

礼子は母親と焼きとん屋に入る。

娘は捨てられるかもしれないと

いう不安を抱きながら、母に勧められた

ご飯を恐る恐る食べる。

お腹いっぱいになって眠くなるのが怖いからだ。

けれど母は安酒を何杯も飲み、酔う。

そしてぽつりと、「私間違ってないから」

二人は店を出る。

心配は無用かと思った。

「しばらく歩いて、疲れた礼子は母親の

背を見つめ歩いた(略)。時々ある赤提灯の

光だけが闇に浮かんでいた。あと、その光を

浴びる真っ赤なワンピースを着た母の背中も。

母親が角を曲がったそのときだった。

なんだか胸騒ぎがして走って角を曲がると、

もう母親の後ろ姿はなかった。

距離を考えると、あの人は角を曲がったあと、

全速力で走ったのだと思う」

こうして母に捨てられた礼子は

ひとり親指の爪をぎぎぎぎ、がしがしと

噛む癖を隠しながら、

伯母の元で過ごし、東大を出て判事になる。

ここからトリビアが記される。

判事という仕事は、家に帰ってからも

ひたすらに判決文を書くという。

ー主文、被告人永谷公一を懲役十年に処する。

ー主文、被告人岡田リサを懲役三年に処する。

主文……。とい風に。

裁判官の人数と公判の件数があわないので、

休日もひたすら仕事に追われる。

だから司法囚人と自嘲する。

「我々裁判官は自らを律し、律し、律しつづけ、

過ちは決して許されず、なおも見えぬ手綱を

誰かに巻かれて生きていく。

もしかすると、仮釈放された囚人よりも囚人かも

しれない」

弁護士の夫と暮らしていても愛を感じていない

礼子は、やがて門前の人を見かける。

「門前の人とは、いわゆる訴訟狂と呼ばれる人々で、

裁判所の玄関前に陣取り、じぶんに不利な判決を

下した裁判官の実名を挙げ糾弾する人種のことだ」

けれどその男は何も言わず、ただ哀し気な目で

裁判所を見つめるだけだった。

調べると男は、かつて礼子が裁いた

元服役囚、蛭間隆也だった。

なぜ彼は門前の人になっているのか。

もしかすると私の裁判にミスがあったのか。

真実を追いかけていくうちに

隠された秘密が徐々に明らかになっていく……。

帯にある「感涙のミステリー」というコピーは

この小説をうまく言い表している。

久しぶりに上等なメロドラマを観たという

思いで、本を閉じた。