6人目のドリフターズ、すわさんからの電話

僕が唯一、友達としてお付き合いしている芸人さん、
すわ親治氏から久しぶりの電話。

お互いバカ話しながら彼の新しい企画などを聞き、
その発想の元が、僕の意見だったと知る。

嬉しいね。

尊敬している芸人さんにそんなこと言われたら、
泣いちゃいます。

でも来年のスケジュールはって、聞いたら、
「ちょっと待ってね」と少し時だけ間を置き、

「ぜーんぶ空いてる」

抜群の間合いに、滲みかけた涙は大笑いに変わりました。

すわ親治、さすがです!

ライティングプロの文章講座とは?

ライティングプロでは、文章に関する講座も行っている。
決まったテキストがあるわけでなく、
個々のニーズやスキルにあわせて内容をつくりあげていく
完全オリジナルの講座だ。

講座というと、授業や指導という堅苦しい雰囲気があるけど、
イメージとしては江戸時代の寺子屋・私塾に近いかもしれない。
良い意味で枠組みにとらわれない、自由な雰囲気になればと思っている。

詳しくは講座概要ページを見てもらうとして、簡単に内容を紹介すると、
高坂さんは文章の基本から企画の立て方、自身のブランディングまで、
幅広い分野について楽しく話をしながら、同時に添削指導も行うという
なんとも欲張りなコースだ。

僕の方では課題添削を軸に据えながら、
気付いたところを、その都度アドバイスしていく。
より、実践的な内容になると思う。

どちらのコースでも大切にしているのは、
「実際に文章を書いてもらうこと」だ。

文章を書くことが苦手、という人の多くが、
実際に手を動かして文章を書くことをしない(できない)。

話を聞くだけで、あるいは文章本を読むだけで、
文章力が上がることは、まずない。
そこで、半ば強制的に文章を書く環境に身を置いてもらおう、
というのが、こうした講座の存在意義でもある。

最初は下手でもいい。文章になっていなくても構わない。
とにかく「書いてみる」。それが上達への一歩なのだ。

これまでの経験をフルに生かして、
文章が苦手、という人を一人でも減らすお手伝いができればと思っている。

頁をめくる手が止まらない 「メディアの闇 安部官邸VSNHK 森友取材全真相」 相澤冬樹

こんなに興奮して読んだ
ノンフィクションは、久しぶり。
帯のコピーにこの本の面白さは要約されている。

エース記者はなぜNHKをやめたのか。
官邸からの圧力、歪められる報道
スクープの裏側を「忖度なし」に書き尽くす
なぜ放送されないんだ  加筆大幅

森友事件を追いかけ、スクープを連発していた著者が突然異動を命じられ、
相澤さんは記者として生きるために退職。
現在大阪日日新聞で今でも森友事件を追いかけている。
どんなことがあってもブレない記者魂に胸が熱くなる。

しかもこの手の作品には珍しく硬派だけではなく、
ユーモアにも溢れているので読みやすく、
わくわくさせてくれる。
なにしろ自分のことを真性右翼記者と称するぐらいだから、
面白い。

紹介したい箇所は山ほどあるが、
僕が一番感動したのは、NHKを辞め、
大阪日日新聞に記者として入社したいという著者に対して、
日日の吉岡オーナー(90歳)が答えた言葉だ。

「こういう形で言論を封殺する不条理をわしは許せない。
有為な人材をこんなことで埋もれさせてはならない。
うちの会社はどこにもしがらみがないし、どこにも遠慮はない。
相澤さん、あんたには自由に取材して真実をどしどし書いてもらいたい。
あんたはうちで面倒みる」

かっこいい。
おもわず声が出た。
ジャーナリズムはこうでなくっちゃね。

著者は言う。
森友事件とは、実は森友学園の事件ではない。
口と大阪府の事件だ。
責任があるのは、国と大阪府なのだ。
この謎を解明しないことには森本事件は
終わったことにならない。

ほんとにそうだよね。
事実は小説より奇なり、という古い文句を言いたくなるほど
スリリングで読んでいて熱くなってくる興奮の一冊。
名作です。

言葉を削る

いつだったか、自分のフェイスブックに「あなたがこの1年でよく使った言葉」が表示されたことがあった。

うろ覚えだが、そこには「思う」「自分は」「だろう」などの言葉が並んでいた。それを見て、ああ…そうかもな。と納得した覚えがある。

何かのことを書くとき、文頭に「自分は」と断りを入れ、語尾には「思う」「だろう」などを付ける。そうすることで断定色が薄まる。つまり、自分の意見に対する自信のなさが端的に表れているのだ。こういう文章はたいてい内容に面白みがないし、読んでいてリズムが悪い。

例えば先日の「明日の迎え方」の記事でも、最後の一文は当初、こんなふうになっていた。


だから、その種のストレスはかなり減ったと思う。しかも自分がやりたい仕事が、少しずつできるようになっている(もちろん報酬をもらって)。手前味噌だが、この状態が続くならば、最高の人生だと思う。


「思う」がわずか2行に2カ所もあるのだ。そこで「思う」を外してみる。


だから、その種のストレスはかなり減った。しかも自分がやりたい仕事が、少しずつできるようになっている(もちろん報酬をもらって)。手前味噌だが、この状態が続くならば、最高の人生だ。

歯切れがよくなって、読みやすくなったのが分かってもらえるだろうか。文章は無駄な言葉を削るだけで、グッと読みやすくなる。だから何度も読み直して書き直す「校閲」作業が大切なのだ。地味で根気のいる作業だが、校閲をないがしろにする人はライターとしては不向きだ。

それにしても、前に書いたブログを読み返していると、「思う」「個人的には」という言い回しが結構あるなあ・・まずは自分が「思う」「思った」という言葉を使わないように気を付けていかないと。

うーん、残念。「おとなの事情 スマホをのぞいたら」

途中までめちゃくちゃ面白かったのに
ラストの着地が??となり、失速。
気持ちが冷めてしまった。

アイデアといい、脚本の展開といい、
名画になる可能性が高かったと思うと悔しい。

映画の帰りはいつものように本屋へ。
ということで買った本。

「英国一家、日本を食べる」

最近知った本。アニメにもなってる、
健康的な和食を求めて日本を訪れた英国一家の、日本食エッセイ。
今読んでる途中だが、面白い

「荒野の古本屋」 盛岡督行

銀座にある、前代未聞の本屋。
一冊の本だけを売る書店のオーナーが書いたエッセイ。
これも今並行して読んでるが、
本への愛情がびしびしと伝わってきて、魅了される

「神の涙」 馳星周

著者の故郷、北海道アイヌを描いた家族小説となれば、
買うに決まってます

「書きたい人のためのミステリ入門」 新井久幸

著者は「小説新潮」の編集長も務めた現役の編集者。
文章の講師をしていることもあり、
僕は1年に数冊は、この手の本を買い、お勉強してます

明日の迎え方


少なくともこの数年、「明日は嫌だな」と思って寝床に入ったことがない。
サラリーマン時代は頻繁にあったが、独立後はほとんどない。

理由は明白で、「嫌だな」と思う仕事は避けるようにしてきたからだ。
仕事を受けてしまった後でも、「これは長く続けるべきではない」と思えば、早めに撤収するように画策する。

フリーランスになってまで、好きでもない仕事なんかやっていられない。
サラリーマンは身分は保証されるが、会社からこの仕事をやれと言われたら、
好き嫌いに関係なく従わなければならない。

どちらをとるかの話だ。

だから、その種のストレスはかなり減った。しかも自分がやりたい仕事が、少しずつできるようになっている(もちろん報酬をもらって)。

手前味噌だが、この状態が続くならば、最高の人生だ。

しょうがないねぇー「女文士」林真理子


いやー面白かった。
一晩で読了。

主人公は、眞杉静枝という実在した作家。

宇野千代、吉屋信子、林芙美子と同時代に生きた人で、
武者小路実篤の愛人として文壇に名を馳せた。

僕は全く知らなかったが、本文を借りれば、

「子どもじみた執拗さで、えらくなりたい、
人に認められたいと願った女。あれほど賞賛や愛情を
ねだった大人の女が他にいるだろうか」

という女性だったらしい。

大した作品は残さなかったが、男を、結婚を、
名声を執拗に求め続け、そのたびに裏切られ
自らも墓穴を掘り、しようがない人生を送った。

なんだか林センセーの奥底にあるものと似ている。

そのせいか、文章は冴えわたり、狂おしく
哀しい眞杉が目の前にいるようだ。

なかでも印象に残ったのは、

「静枝はこの頃ようやくわかった。愛人に
なるということは二つの時計を持つことである。
ひとつの時計は全く動かない時計。

生産することのない時計といってもよい。

世の中の女たちはにぎやかに子どもを育て、
乳をふくませ、そして這いまわるのを追う。

子どもはずんずんと育ち、そして家族は増えていく。
豊かにやさしく時を刻むこの時計を静枝は持っていない。

そしてただ男を待つだけの生活の中では、
もうひとつの時計だけがせわしく動く。
そして静枝は確実に老いへと向かって進んでいた」

林センセー、見事です。

天国からのラブソング


昨年の大みそか、福岡放送(FBS)で放映された「天国からのラブソング」というテレビドラマを見た。
昨年3月に放映され、僕が見たのは再放送だったが、涙が溢れそうになるのをこらえるのに必死だった。

視聴者からの依頼を調査・解決を目指すFBSのバラエティ番組「発見らくちゃく!」に寄せられた、ある高校生の依頼。そこで起きた実話をもとに制作されたものだ。そのストーリーを番組公式サイトから抜粋すると―

「浩(祖父)は奇想天外で常に周囲を驚かせる人だった。墓参りで楽器を演奏したり、修学旅行にまでついてきて写真を撮ったり…。周りからいつも笑われる祖父を、天星(主人公の高校生)は恥ずかしくウザイとも思っていた」
「祖父のそんな行動の裏には知られざる悲しい生い立ちが関係していたことを知り、(中略)自分の認識が間違っていたことを知る天星。(中略)なぜ、生きている時、もっとじいちゃんに優しくできなかったのか―。家族への『愛』が生んだ、感動のストーリー」

なぜ、生きている時に、もっと〇〇ができなかったのか。
こうした後悔は、実は多くの人が胸に抱いているのではないか。

それを映像であれ、文章であれ、何らかの形で残すお手伝いをすることが、
僕たちの使命だと思っている。

吸収力


全国大手のフラワーギフト企業で
九州エリアの統括責任者を務めてこられたUさんと昼食。
今年定年を迎えられ、現在は顧問として
高所から九州エリアの事業をフォローをされている。

Uさんとは、かれこれ20年以上の付き合いになる。
私が経済誌にいた頃、先輩社員の退職に伴って引き継いだ企業で
マネージャーをされていたのがUさんだった。

私が経済誌を辞めて別の会社に移っても、
雑誌購読のお付き合いなどをいただきながら、
付かず離れずの付き合いが続いた。
ビジネスパーソンとして学ぶことは多く、
中でもその気遣いはとても勉強になる。

35年も九州でホテルやブライダル関係の業界で
第一線を張ってこられただけあって、その人脈は広く、深い。
特に私がすごいと思うのが、
若い人たちとの付き合いが活発であることだ。

私なんか圧倒的に年上の人たちとの付き合いが多いが、
Uさんは若い人からも広く吸収しようという思いが見て取れる。

その姿勢が、いつも若々しい感性につながっているのだと思う。
若い人たちとの付き合いを、自分ももっと意識していきたい。

吉塚

2カ月に一度の割合で美容室に行っている。

20年以上前に吉塚で一人暮らしをしていたことがあり、
その時に通っていた美容室に今も通っているが、
20年もすれば、まちの景色も変わる。

当時住んでいたアパートの前にあったスーパーはディスカウントストアになり、
体の大きな大将がいた小さな飲み屋は、別の飲み屋になった。
新しいコンビニができ、マンションも増えた。

しかし、変わらないものもある。住んでいたアパートはまだあるし、
たまに通っていた定食屋も健在だ。髪を切った後は、その定食屋に行った。

カウンターだけの小さな店だ。お昼時だというのに、客は一人。
この店に3人以上入っているのを見たことがない。
店の雰囲気も、メニューも、料金も、店を切り盛りする夫婦も当時のまま。
カウンターの上に貼っているメニューの札が、
手書きから印刷に変わったくらいだ。

奥さんは足を少し引きづっているようだが、厨房でテキパキと動いている。
おやじさんは基本、厨房には入らずカウンターの端っこで
いつも何か作業をしている。
「あのおやじは、いつも競馬の予想をしている」
という噂を聞いたことがあるが、
手元にあったのが競馬新聞かどうかは不明だ。

注文したのは生姜焼定食。奥さんが手際よく調理し、数分で出てくる。
このスピードも魅力だ。
十分なボリュームの豚肉にキャベツ、もやしが一緒に炒められ、
お新香、酢の物、目玉焼き、味噌汁がついて550円。安い。

20年前もこうして一人夕食を済ませ、誰もいないアパートに帰っていたな…と思いにふける。

このまちにはもう一件、忘れられない店があるのだが、それはまたの機会に。

会議の時間

会議は長くても1時間。そう思っている。

1時間話し合って結論やよいアイデアが出なければ、
それ以上話し合っても出てこない。
つまり効率性の問題が一つ。

もう一つは、人の貴重な時間を、1時間以上も拘束するのは、
いかがなものかと思うからだ。

だから議事進行役は、1時間以内に終えることを念頭に置いて、
話を進めていかないといけない。

よく途中でどうでもいい話をする人がいるが、
そういう時は「その話は後ほど…」と言うべきだろう。
大抵、単なる当人の自慢(知識、経験、経歴)であったり、
余談(いま話さなくてもよいこと)だったりする。

会議の内容も、その多くはメールや資料を送付しておけば済む話だ。
だから会議でわざわざ集まって話をする以上、
「今日この場で何を決めるのか」を明確にしておくべきだ。

フリーランスになってからは特に、
1時間を超える会議に対しては苦痛を感じるようになってきた。
月末になれば決まった金額が銀行に振り込まれる会社員と違い、
こちらは時間を有効活用していかないと、ご飯が食べられないのだ。

ライフワーク

 「ライフワーク」という言葉がある。辞書を引くと「一生かけてする仕事や研究。一生の事業。その人の代表作」(旺文社国語辞典第八版)とある。

 「私のライフワークは〇〇です」と言える人は、勝手な推測だが、充実した人生が送れているように思う。だから、自分でもライフワークと言えるものを持ちたいと思ってきた。

 僕のライフワークは二つある。一つは福岡県の高校野球史をまとめて、出版すること。往年の選手たちにもインタビューをしていきたいと思っているため、気の遠くなるような作業になるだろうが、これは必ず成し遂げるつもりだ。

 そしてもう一つが「いろんな人が歩んできた人生を、その人に代わってまとめる」という仕事。それを今回、「自分誌」というサービス名でスタートさせた。

 政治家や創業社長、プロスポーツ選手など、何か大きな事を成し遂げた人の人生は、多くの人に貴重な教訓や生きる勇気を与えてくれる。しかし、市井につつがなく暮らす人にも、それぞれの人生がある。世間的には無名であっても、その生き方に共感することも多い。
 そして何より、自分も50歳を前にして親や祖父母がどう生きてきたかを知ることは、とても大切なことだと思うようになってきた。祖母が亡くなった時に感じた「もっと昔の話を聞いておくべきだった」という後悔は、今も胸に残る。
 ただ、直接話を聞く、話をするのは面映ゆいという人も多いだろう。そこで、我々が間に入って両者をとりもつのだ。きっと、多くの人に必要とされるサービスになると、確信している。

 ノンフィクション作家・澤地久枝は、その著書『ぬくもりのある旅』で、こう述べている。「…歴史に人間を書きのこす仕事は、もっと身近なところで、そして急いではじめられるべきことであるとわたしは思う」。1978年に書かれたものだが、「我が意を得たり」と膝を叩いた僕は、迷うことなくこの仕事を進めていきたいと考えている。

 まずは福岡、九州でスタートさせる。1年に10人書いたとしても、30年で300人…。急がないといけない。